杵屋佐吉オフィシャルウェブサイト

歴代佐吉紹介 五世・六世

五世 杵屋佐吉五世 杵屋佐吉(三味線方)
昭和四年(1929)〜平成五年(1993) 本名・武藤健二         

 昭和四年(1929)三月七日、四世佐吉の長男として東京に生まれる。
 幼時より、父四世佐吉の稽古を受けて育つ。暁星学園を経て、昭和十九年(1944)、東京音楽学校(現・東京芸術大学音楽部)入学。第二次世界大戦後、戦中より中断していた歌舞伎公演の復活に伴い中退し、父の統率する一門と共に劇場出演に参加。後に歌舞伎界を離れ、各地の演奏会、舞踊会、作曲、教授に専念。
 昭和二十六年(1951)、佐門会五世家元杵屋佐吉を襲名。故山田抄太郎、三世今藤長十郎に師事し、その繊細な芸風は多くの作曲作品にも現われている。
 昭和二十九年(1954)、大阪市文化祭において「花垣」により文化祭賞を受賞したのをはじめ、同三十四年(1959)芸術祭創作邦楽部門で「日・月・星」の三部作(日=杵屋五三郎、月=今藤長十郎、星=杵屋佐吉作曲)により、文部大臣奨励賞を受賞。同四十五年(1970)、芸術祭創作邦楽部門において「榎」により文部大臣優秀賞。
 作曲作品は二百三十三曲を数え、そのうち約百二十曲がレコードに収録、販売されている。代表作に、「鷺娘幻想曲」「常盤草子」「心中難波橋」「友白髪祭賑」「阿波踊り慕情」「おもかげ」「長崎旅情」「わが袖の月」「博多点描」「雪だるまの幻想」「花と柳」等がある。
 創作活動は、彼のライフワークであった。平成五年(1993)一月二十日、大腸癌のために歿す。享年六十三歳。

六世 杵屋佐吉六世 杵屋佐吉(三味線方)
昭和26年(1951)〜平成8年(1996) 本名・武藤貴則

 昭和二十六年(1951)、五世佐吉の長男として東京に生まれる。
 昭和四十二年(1967)十一月、十六歳で二世小佐吉を襲名し、現代邦楽研究会・虎友会等、他派との交流も心がけ、多方面で活躍。芸術に造詣が深かった故高円宮憲仁親王とも親交があり、昭和六十年(1985)四月には高円宮殿下の結婚記念曲として「奉祝讃歌」を完成させるが、その直後の同月十日、三十三歳のときにクモ膜下出血で倒れる。
 長期療養の末、平成八年(1996)十一月六日死去。享年四十五歳。

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